私は昔から、人の名前を覚えるのが得意ではありません。
顔は覚えています。話した内容も、意外と覚えています。前回どんな施術をしたか、カラーの配合がどうだったかも言えます。なのに、名前だけが出てこない。脳の中の「名前の棚」だけ、建て付けが悪いんです。
「とにかく名前で呼べ」
若い頃、よく言われました。お客様のことを、とにかく名前で呼べ。毎回毎回、名前で呼べ。そうすれば覚えられる、と。
実践しました。確かに、覚えられるんです。会話のたびに「〇〇さんは」「〇〇さんって」と名前を挟む。口が覚えてくれる。
それと、これは美容師の実務知としてお伝えしておきますが、特に女性のお客様は、下の名前で呼ばれるととても喜んでくださいます。苗字より、下の名前。距離がひとつ縮まります。だから私は極力、下の名前で呼ぶようにして、名前を覚える努力をしてきました。
努力で、なんとかなっていたんです。あの頃は。
ところが
年をとったのか、最近、名前が思い出せない。
電話を取ります。「もしもし〜」。この声、絶対に知ってる。間違いなく常連のお客様。声のトーンも、話し方の癖も、前回の会話も思い出せる。名前だけが、出てこない。
ひどいときは、ついさっき名前を呼んだのに、もう思い出せない。話した内容は鮮明に覚えているし、顔も覚えている。名前だけ、どこかに行ってしまう。
あ行までは出ている
こういうとき、ヒントだけは出てくるんですよ。「確か、あ行で始まるはず」。そこまでは来てる。
杏里さん……じゃなくて。亜美さん……でもないし。いずみさん……じゃなくて。恵美さん……でも無くて。悦子さん!……じゃないな。うーん。
あっ、エマさん!
……あれ? 苗字わかんない。
10秒前に呼んだ名前
一番ひどかったのは、施術中です。
「えまさん、最近痩せたよね。ずるくね?(笑)」
と、ちゃんと名前つきで話しかけました。ここまでは完璧です。10秒後、ハサミを動かしながら、ちょっと別のことを考えました。あ、ここもう少し切ったほうがかわいいかも。提案しよう。
……あれ? 名前なんだっけ?
えーっと。遠藤? いや違う違う(笑)。それ苗字だし、しかも違う人だし。名前どこ行っちゃった? あれ? やば。でも、切らなきゃ。提案しなきゃ。もう口を開くしかない。
「ごにょごにょ。。さん! ここをちょっと切ったほうが、かわいいと思うんだけど、切ってもいい? せっかく痩せたし、フェイスライン出したほうがいいよ」
(やば、名前マジで思い出せん。。。)
お客様のことを真剣に考えた結果、お客様の名前が消えるんです。カットの構想が、頭の中で名前を押し出してしまう。仕事はちゃんとしてるんですよ。名前だけが、行方不明なんです。
商品名も同じ
名前だけじゃありません。商品名も忘れます。
パッケージは思い浮かぶんです。どういう商品で、どんな髪質の方に合って、どう使うかも説明できる。ただ、名前だけが出てこない。「あの、白いボトルの、いい香りのやつ」。プロがそれでいいのか、という話ですが、出てこないものは出てこない。ほんと厄介ですわ(笑)。
ちなみにこれ、たぶん誰にでもある現象です。顔は分かるのに名前が出ない、喉まで出かかってるのに出ない。人間の記憶って、そういうつくりらしいです。私の場合、それが商売道具というだけで。
まあ、なんとかなりますわ
じゃあ困っているかというと、実は、あまり困っていません。
予約表を見れば、名前が書いてあります。カルテを開けば、前回話した内容も、前回勧めた商品の名前も、書いてあります。シャンプー台に案内する前にチラッと見る。それだけで、「えまさん」も「白いボトルのやつ」も、ちゃんと出てきます。
記憶力は、年とともに衰えます。これはもう、しょうがない。でも、書いてあるものは、衰えません。
前回の連載で、先輩に「カルテをよく見ろ、話したことをどんどん書け」と教わった話を書きました。あの教えは、人見知りの新人を救っただけじゃなくて、30年後、名前が出てこなくなったおじさんのことも救ってくれています。
まあ、そんな感じで。名前とか出てこなくても、ANEXISなら何とかなりますわ。
ANEXISの場合
予約を開けば、お客様の名前とカルテがすぐ出ます。カルテは口で言えば残るので、話した内容も、勧めた商品も、書く手間なく次回に引き継がれます。名前が出てこなくても、大丈夫なつくりです(私が必要だったので)。